午前零時(13人の作家さんによる競演)

作家の競演本を読むと自分の好みを改めて知ることが多いのですが、この本は特に作品によって好き嫌いが分かれました。
というか合う合わない、と言った方が正しいかな。
『ハンター』(鈴木光司)
王道と言えば王道のオチだけど、そこに至るまでの流れなど面白く読めました。短いのに悲喜こもごも。
そしてちょっとした笑いのエッセンスも含まれていました。
『冷めたい手』(板東眞砂子)
どんな選択をしても人は後悔するもの。特に年齢が進み、尚且つ親や家族にの生活が絡んでくるとね。
職業柄に加えて自分の年齢も相まってこれが一番胸に沁みました。
『夜、飛ぶもの』(朱川湊人)
世の中には、だれも知らない不思議がきっとある。
そう思えない人よりそう思える人の方がちょっとだけ人生の楽しさが多いと思っている私には印象に残る話でした。
『卒業』(恩田陸)
ショートでも恩田陸ワールド全開。
今起きていることはまんま読めるんだけど前後が全部不明。
読者の想像力に任せているのか、前後なんてなくても楽しませる自信があるのか、それすら全くの不明の恩田陸ワールド。
私は好きなんですけどね。
『分相応』(貫井徳郎)
意味が分からなかったのですが、それは私が女だから?
それとも人としての厚みとか重さとか経験が足りないから?
『ゼロ』(高野和明)
これも王道と言えば王道のオチですが、「ハンター」同様にそこに至るまでの流れなど面白く読めました。
生きる意味のようなものも感じました。
『死神に名を贈られる午前零時』(岩井志麻子)
こっちとあっちの境目?
死神のあっちへの誘い方?
それとも死神を呼んでしまう生き方や想像力というのがあるのだろうか?
『箱の部屋』(近藤史恵)
そう、人は箱に住み、箱を扱い、箱に囲まれて生きている。
でも本当は箱に詰められて、箱に振り回され、箱に蝕まれて生きているのかも知れない。
箱は必要、箱は面白い。
でも箱を捨て、箱の外に出ることも時には必要。
でも捨てられない人が増えている気がする。
例えその中身が空っぽになったとしても。
昭和にはなかった恐怖と思いました。
『午前零時のサラ』(馳星周)
人って、最後まで見届ける者と、最後を見届けるのが怖くて逃げる者とに分けることができるんだなあ、と思いました。
どっちが幸せかは人の価値観によると思うけど、私は前者の方を幸せと思いたい。
『悪魔の背中』(浅暮三文)
序盤はちっさい男がスケールの大きいこと考えてるなあ、とちょっと鼻で笑って読んでいたのですが、結局は…男と女じゃ…女は生まれつき悪魔な面がありますからねえ…
『1、2、3、悠久!』(桜庭一樹)
えーっと、この作者さんの作品は私には合いません。
どこが、っていうと、淫猥な物語を知的に書いてます風なところが。
いえね、知的に書かれた淫猥な物語は好きなんですけどね、物語以上に作者さんの「どう?淫猥だけど知的でしょ?でしょ?」って出っ張っちゃってる感じが苦手なんです。
『ラッキーストリング』(仁木英之)
私には今ひとつでした。
神を扱ってる割には神秘性に欠けてるところが。
アジア独特の人間臭い雰囲気はいいんだけど、それは神秘性があってからこそだと思うので。
『真夜中の一秒後』(石田衣良)
私はこの作者さんの作品は、一部を除いてあんまり好きじゃないんですよね…。
これも、ダメでした。
なんだこのバカ女は?
この作家さん、女を見下してるところがあるんでしょうね。
たまにそれが色濃いときがあってそこがどうしても私は受け付けないんです。

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