調律師(熊谷達也)

あとがきにあるように、作者がもともと想定していたのとは違う物語として完成を迎えた作品であり、予めそのことを知ってから読み始めましたが、これはこれでいいのではないかと思いました。
『少女のワルツ』
短い中にきちっとした起承転結があり尚且つ物語の序章として設定が分かりやすく組み込まれておりさすがの印象。
『若き喜びの歌』
共感覚を生かした調律を行い、利点として描いている印象。
『朝日のようにやわらかに』
他人の言葉や自分の中の感情によって過去の自分と今の自分と今後の自分の間で主人公が揺れ動いているような…
そして、ここで嗅聴について興味深いことが分かります。
ここで私はあることを思ったのですが…この点については感想の最後に書きます。
『厳格で自由な無言歌集』
簡単な曲を簡単に弾けてしまっても簡単に弾くべきではないのは聴く人があってこその演奏だからかな…
『ハイブリッドのアリア』
ハイブリッドピアノという、普通の人よりちょっとピアノに興味がある人でないと知らないようなピアノが出てきます。
そしてこのピアノの物語の中での、ハンマーアクションはアコースティックピアノだけど音は電子音であるピアノから出る音の扱われ方が面白いと私は思いました。
そしてここでもまた嗅聴について興味深いことが分かります。
これもまとめて感想の最後に。
『超絶なる鐘のロンド』
ここで物語は急転するのですが、うまく曲がったな、という印象です。
実際にはどこから曲げ始めたのかははっきりとは分からないのですが…
『幻想と別れのエチュード』
ややファンタジーっぽさがありますが、夢で憑き物が落ちる、と言うのは実際にあると思っているので、私としてはこのラストはアリです。
そしてやっぱりピアノは、誰が演奏するのであっても誰かのためのものであって欲しいと思いました。
それは他人のため、だけではなく自分のためという意味も多分に含めて。
そしてここからはピアノを聴くことにハマって4年になる私の更なる個人的な感想になります。
鳴瀬玲司の嗅聴は、音を受け止める心が生み出したものなんじゃないかと思うのです。
人の心というのは、人生の喜びや悲しみなどを経るとそれまでと同じ音楽を聴いても違う感じ方をするようになる(と思う)ので、この嗅聴というのはその変化の現れの一つなんじゃないかと思うのです。
私は演奏を聴くと心に景色が広がるのを感じることがあるのですが、これは演奏の何かを受け止めてるという意味では嗅聴と同じことだと思うのです。
鳴瀬玲司は妻を失い、音楽の感じ方が色聴から妻の持っていた嗅聴へと音楽の感じ方が変わり、妻への後悔の感情が洗われたことでその感じ方も更にまた変わったのではないかと思うのです。
そして、録音や電子ピアノの音色には心が反応せずアコースティックピアノにしか心が反応しないのはきっと、目の前にあるアコースティックピアノと違って調律できないからなんじゃないかとも思いました。
タイトルにもあるように、物語全体に常にあるのは『調律師』ですしね。
と、そんなところまで作者が考えてこの物語を描いたかどうかは分かりませんが…あくまでもピアノ好きが高じての感想です。
【取寄品】調律師 熊谷達也/著 - エイブルマート
【取寄品】調律師 熊谷達也/著 - エイブルマート調律師 (文春文庫) - 熊谷達也
調律師 (文春文庫) - 熊谷達也

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