ずっと友達でいたい理由(わけ)

友達というのは『離れたら離れたきりで共通の時が過ぎたら通過するもの』っていう人生を歩んできたけど、高校の時の友人とはこちらから連絡をとってでもつながっていたいなあと思っていて、そう思う理由がこのごろになってだんだん分かってきた気がしていて。

なんでかなーって思った時、最初に思ったのは、自分の一番恥ずかしい時代というか、求められる自分とありのままの自分との折り合いがつかなくて鬱屈してた時代に、そんな私を鬱陶しがらずに身近にい続けてくれたからなかな、ってことだったんだけど、一番最近気づいたのは、彼女たちって他人を否定しないんだなあって言うこと。

自分と違う意見を支持してる人がいると、その内容が些細であればあるほど人って堂々と相手を否定するんだよね。(と私は思ってる)

例えば、相手が好きだと言った食べ物を自分が大っ嫌いだったとき「あんなのよく食べられるね」って言ったりとか、例えば、相手が好きだと言った映画が自分の趣味からはとことん外れていたとき「どこがおもしろいのか分かんない」とか。
「へえそうなんだ?」って流せる人って意外と少ないんだよね。
相手が好きって言ってるのに否定することないじゃん?って思うんだけど、嗜好ってわりかし否定されやすいんだよね。
もうちょっと不快感が上の例をあげるなら、子供に対するスタンスとか。
「そういう時にきつく言わないのっておかしい」
とか、否定発言する人けっこう多い。
なんでその人がそうするのかってことなんて気かずに否定するんだよね。
きちんとした理由があってのことなのかもしれないのに。

まあ不快感が高いものを除いても、例え些細なことであっても、私の場合は否定されるってことそのものがその後の付き合いに距離を置くほど影響を与えてしまうわけで。
他の人は分からないけど少なくとも私のように自己否定感が強い人間には頭ごなしに否定から入られるのって相当シンドイのですよ。

そんなこんなが積み重なっていろんな友達が通過していったわけだけど、高校時代の友人たちは、彼女たちの考えに沿わない発言や思考に対して「なんで?どうして?」って訊くことはあっても否定はしないんだよね。
それは私が凹みやすい人間だから気を使ってるっていうんじゃなくて、記憶の中の彼女たちは誰に対してもそういうスタンスで接してた。

きっと今でも彼女たちはそういうふうに人と接してると思う。
そんなふうに考え至ってみると、たまにしか会わなくても安心感があるのはそのせいだったんだなあ、と気づいたりも。

たぶんね、きっと私の知らないところでも彼女たちは周りの人たちに愛されてるんだろうな。
うん、きっとそうに違いない。

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